フリーターから就職、ついに経営幹部に

― 二神美保さんの場合

 二神さんは、幼い頃から無気力で、努力ということができない性分でした。
 やがて高校を卒業した二神さんは、スチュワーデスや秘書を目指して専門学校に入ったのですが、性来の怠け癖がたたって、どちらも挫折し、先生からも「あなたは、絶対に秘書には向いていない」とまで言われてしまいました。
 結局、二神さんは、何も得られないまま専門学校を卒業することとなり、その後、就いた仕事もすぐに辞めて、フリーターとなりました。
 当然、充分な収入は得られません。それなのに、欲しい物があると我慢することができず、次々とローンを組んでいき、挙げ句、悪徳なマルチ商法にはまって、借金だらけになってしまいました。さらに、この頃、高校時代に発症したアトピー性皮膚炎が甚だしく悪化してきたのです。
 二神さんは人生を悲観し、自分はこのままみじめで苦しい一生を送るしかないのか、と思い、生きる希望もなくしてしまいました。
 そのようなどん底にいた25歳の時に、日蓮正宗に入信することができたのです。
 そして、教えられたとおりに仏道修行に励んでいくと、いつの間にか、アトピー性皮膚炎がすっかり治っていきました。さらに、その後に発症した難病の膠原病まで一年後には完治してしまったのです。
 この有り難い体験に歓喜し、確信を得た二神さんでしたが、仕事面では相変わらず苦労が続きました。
 
  ところが、そんなある日、化粧品会社の顧問をしていた人から突然連絡があり、「独立して会社を作ったのだが、忙しくなってきたので、手伝ってもらえないだろうか」と声を掛けられたのです。
 当時、あまり体調のよくなかった二神さんは、週三日のアルバイトという形で、この話を引き受けました。
 その会社は健康食品のメーカーで、二神さんが入社した平成十二年度は、年商九〇〇〇万円程度の小規模な会社でした。
 ところが、その後、健康ドリンクが大ヒットして急成長を遂げ、五年後には年商二〇〇億円を超えるまでになったのです。そして、日本各地にサロンを持ち、台湾支社もできて、安定した経営状態となりました。
 このように会社が急成長してくる中、会社の創業時からのメンバーだった二神さんは、アルバイトから正社員になり、さらに責任ある仕事を任されるようになって、とうとう秘書課の責任者になったのです。
 仕事の内容は多岐に渡り、社長秘書としての仕事はもちろん、千人以上の顧客を招いての講演会やパーティー、あるいはキャンペーン用の招待旅行、各地で開催されるドクター講演会等の企画から管理運営まで、さまざまな業務をこなすようになりました。
 さらに、その実績が評価されて、グループ会社の役員への就任要請があり、そちらも兼任することとなりました。

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 こうして、二神さんは、三十代の若さで年収1000万円を獲得するまでになったのです。
入信前は、みじめで苦しい一生を送るのだと人生を悲観し、諦めきっていました。
それが、この仏法の功徳で、健康面、経済面、精神面の全てにわたって満たされた人生に変わることができたのです。